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【挨拶】松浦理事長 2021年度新春のご挨拶
新年あけましておめでとうございます。いよいよ2021年度がスタートとなります。今年度のスローガンは「向き合う~今を生き、未来へ紡ぐ~」としました。
例年のスローガンはまちづくり団体として、地域(まち)が全面に出たスローガンが多かったですが、今年度は個人にスポットを当てたスローガンにしました。
その理由としては、地域(まち)も会社も家庭も青年会議所も個人の集まりによって成り立っていること、新型コロナウイルス感染症の影響により今まで以上に個人の生き方や価値観が重要視される世の中になっていくためです。一人ひとりが自身の人生に向き合い、成りたい姿を目指して能動的に行動することは必ず社会にポジティブな変化をもたらすと考えています。
固いことを書きましたが、私から皆様に伝えたい事は、まずは一緒に行動しましょう。成りたい姿がある方はそれを目指して、成りたい姿がまだ見つからない方は仲間と一緒に探しましょう。同じ時間、同じお金を使う一年だとしたら、後ろ向きで面白くない楽しくない一年よりも前向きに取り組み自身にとって何か残る一年にしましょう。
最後に日本代表ラグビー選手、日本代表監督して活躍された平尾誠二さんの言葉を紹介して今年度最初のメッセージを終えたいと思います。
「今の時間を大事にできない人は、未来の時間もきっと大事にはできない。ここで自分らしく生きることができない人には次なる道は開けない。」
一年間宜しくお願い致します。
公益社団法人富山青年会議所
2021年度第70代理事長 松浦 憲秀
【案内】2021年度新年祈願祭のご案内
皆様、新年おめでとうございます。交流委員会の総括幹事を仰せつかりました、亀山 康拓です。今年度最初のご案内を会員の皆様にさせていただきます。
タイトルにもございますが、毎年開催しております「新年祈願祭」のご案内となります。1月3日(日)毎年お世話になっております、富山青年会議所のシニア会員の山田 方輝(やまだ まさてる)先輩の越中稲荷神社さんにて新年祈願祭を執り行わせていただきます。
日時:2021年1月3日(日) 受付9:30~
神事:10:00~10:15
直会:10:15~11:00
場所:越中稲荷神社富山市稲荷町2丁目-5-5 電話:076-431-7398
初穂料:3,000円(理事構成メンバーのみ)
2021年度松浦理事長の掲げられる「向き合う~今を生き、未来へ紡ぐ~」のスローガンのもと、新年のスタートとなる行事となっております。
公私ともに大変お忙しい時期ではございますが、会員の皆様の参加を委員会一同、心よりお待ち申し上げております。
交流委員会
総括幹事 亀山 康拓
2021年度新年祈願祭のご案内
【案内】2021年度新年祝賀会のご案内
皆様、新年おめでとうございます。交流委員会の副委員長を仰せつかりました川上 拓郎です。
続きまして、新年祝賀会の案内をさせていただきます。本年度はコロナ禍の影響もあり、議案を1部(式典の部)、2部(懇親会の部)と分けての開催を予定しておりましたが、現在も新型コロナウィルス感染症が拡大しており、富山県から新型コロナウィルス感染拡大警報(富山アラート)が発出されました。そういう状況下での懇親会の開催は難しいと判断し、二部の開催は中止とさせていただくことが決定となりました。スケジュールについては下記を参照にしてください。現役会員の皆様にはメールにて配信させていただいておりますが、改めてメールマガジンにてお知らせいたします。
開催日:2021年1月16日(土)
場所:ホテルグランテラス富山 (富山市桜橋通り2-28)
【当日スケジュール】
16:00~理事長就任式
18:00~19:00年祝賀会 式典の部(現役・シニア合同)
新年祝賀会まで期間も残り僅かではございますが、交流委員会一同開催当日まで、しっかり準備して参りますので会員皆さまのご理解とご協力、そしてご参加の程よろしくお願いします。
交流委員会
副委員長 川上 拓郎
2021年度新年祝賀会スケジュール変更案内
【特集】JCの歴史
皆様、新年明けましておめでとうございます。2020年度前期入会、いたる委員長を愛し終えた佐伯 健太朗(愛称ケンケン)です。今年は、つよしを愛し、つよしに愛される男を目指しております。今年度もどうぞよろしくお願い致します。
さて、今回わたくしからのお届けは「富山青年会議所の歴史」になります。なぜこのタイミングで?と疑問に思う方もいると思います。1月16日土曜日には、新年祝賀会が開催予定となっております。当日は多くの来賓の方々やシニア会員の先輩方が出席されます。そこで現役会員の私たちが少しでも富山青年会議所の歩んできた歴史を知り、理解した上で本番を迎えてほしい!という背景のもと、この記事を掲載していきたいと思います。少し長い文章になりますが、どうか最後までお付き合い下さい。
●世界と日本における青年会議所運動の発祥
青年会議所運動は、第一次世界大戦中のアメリカ合衆国ミズーリ州セントルイスが発祥の地である。この街の一青年が提唱した「青年の事業上、あるいは市民生活上の諸問題に積極的に関与すべきである」という言葉を旗印に、1915年(大正4年)10月13日、31人の若者によってYoung men′s Progressive Civic Associationが組織された。翌年にはJunior Citizenと改称され、この頭文字からJCの略称ができたといわれている。
わが国の青年会議所運動は、1949年(昭和24年)9月3日、東京青年商工会議所に設立から始まった。運動の原点である9月3日は、後のJCデーとなった。東京青年商工会議所の活動は各地の青年の間に広まり、またたく間に自発的な組織の立ち上げが進んだ。1950年(昭和25年)、東京青年商工会議所は旧商工会議所法に定める名称使用禁止との抵触を避けるため、東京青年会議所と改称。愛すべき名称「青年会議所」は、このときに生まれたのである。第一回全国青年会議所懇談会では、「修練」「奉仕」「友情」の三原則(三信条)が決定され、第二回懇談会では日本青年会議所の設立が協議され、第三回懇談会では規約を審議し、設立準備委員会設置を決定。翌年1951年2月9日、日本青年会議所が創立され、会頭には黒川光朝氏が就任した。
富山青年会議所 初代理事長
富山懸青年会議所発会式
●復興にかける情熱と友情の結集
第二次世界大戦後、焦土と廃墟の富山の地に若者たちが帰還してきた。既存の政治経済その他一切のものが、徹底的な改革を余儀なくされる。これまで若者を導いてきた師たる世代に若者たちのなすべきことを問うてみても、それは自分で考えろ、駆逐される思想の我々に答えるすべは無い、と言われて失望するばかり。富山の若者は、その心境を同じくする他の若者を見いだして、今為すべきことを模索し議論した。日本を復興させるのは、自分たちの責務である。戦前の教育では役に立たない、まず、自らが学びたい。情熱はある、しかし道筋が見えない。そんな彼らの中に、富山の青年会議所運動が芽生えた。
創始者たちは、冬の駅前の喫茶店で石油ストーブを囲みながら議論した。富山県の東西の隔たりの無い青年の集まりを作ることが、重要なポイントになった。幾度も話し合いがもたれたのであるが、交通事情が今日ほどでない当時、東や西の果てから集まること自体、熱意を必要とすることである。そして東西に新たな人を訪ねていくことも、同様である。この活動により、当初より県内の人材を掘りおこしていくことができた。彼らは、一県単位で作ることを決意しなければ知り合えなかった、奇跡のような出会いと友情を実感していた。かくして、1952年4月6日、富山懸青年会議所は発会式を迎えた。早速、東京の日本JCに設立の認証手続をしたが、対応した担当者からは、「県単位の設立は認められない」と告げられた。「県」が認められないのでは、富山に青年会議所を作った意味がなくなる。関係者の苦悩は深かった。
設立趣意書 会則表紙
第一条・第6条
●富山懸青年会議所の創立
1951年(昭和26年)初秋、初代理事長となる西田安正氏の元海軍経理学校時代の同期生であり、当時大阪でJC運動・活動に情熱を燃やしていた森下泰氏(1955年・56年度日本JC会頭)から、「富山にもJCを作ればどうか」という誘いがあった。当時の富山にはまだ戦争の爪あとが深く残っており、西田氏をはじめ同世代の若者は何をすべきか思案に暮れていた時代である。森下氏からの誘いに、西田氏はJC運動・活動こそ青春の情熱を燃やすに足るものだと、その思いを同じくしたのであった。早速、竹馬の友である細川永太郎氏に相談し、共感を得た西田氏は、県経営者協会を訪ねて、県内の青年経済人の紹介を受けるなどして、10名の創設者が集まったのである。以後、日夜打ち合わせを重ね、大阪JCの資料等を参考にしながら議論した末、富山県の呉東・呉西という意識を廃するという強い決意のもと、「富山懸青年会議所」として立ち上げることになったのである。
こうして1952年(昭和27年)4月6日、県内の青年経済人52名により、希望に満ちた創立総会、ならびに発会式が富山市の電気ビル3階事務所で開催された。なお、同ビルの4階以上は進駐軍が占領していた。創設当時の事業は、勉強とトレーニングに主眼が置かれていた。30歳前後の青年たちには無駄な時間を費やす余裕はなく、しかも、日本がこれから社会主義化するのか、自由主義化するのか、それすらわからない時代だったからである。自分たちの為すべきことを模索するうえでも、社会、経済、文化について自ら学ぶ必要があったのだ。また、そうした勉強やセルフトレーニングのなかで、強い友情と絆が培われていったのである。しかしながら、「富山懸青年会議所」の名称は原則として都市単位に設立されるべき青年会議所の趣旨に合致しないとの理由で、まもなく「富山青年会議所」と改称。4月20日付けをもって日本JCへ全国29番目の青年会議所として正式加入した。
呉羽紡績庄川工場合同見学会
JCIアジア大会(東京)
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございます。富山青年会議所はどんな時代に、どういう経緯で誕生したのか、どういう想いで創設者の先輩たちは立ち上げたのか、少しでも読んで頂いた皆様のお力になれていたら嬉しく思います。
私自身、この記事の制作にあたり始めて知ることばかりで大変勉強になりました。新年一発目ということもあり、ボケや笑いが少なく、真面目な感じになってしまったことをお許しください。新年祝賀会までのメルマガにて「富山青年会議所の歴史」シリーズは続けて載せていきます。次回もお楽しみに!
交流委員会
運営幹事 佐伯 健太朗
カレンダー
編集後記
皆様、新年あけましておめでとうございます。
本年より一年間、メールマガジン【face everything】を配信させていただきます交流委員会です。第一号よりお読みいただきましてありがとうございます。
今年度も毎週金曜日の配信とさせていただきます。皆様には一年間楽しくご覧いただくために、各委員会の情報発信、LOM活動・出向活動、そして今年度は会員個々にフォーカスを当てることや、サークル活動を通じてシニアとの結びつきを広く伝えればと考えます。これからも会員の皆様へご愛読いただけるような内容にしてまいります。
タイトル【face everything】
1952年、戦後間もない復興期に県内52名の青年により富山懸青年会議所が設立し69年の月日が経ちました。2021年度松浦理事長の所信にある通り、今一度自分自身、次世代、地域、組織など、様々なことに向き合い成長し、未来へ紡いでいく必要があります。2021年度は向き合うことをテーマとし、会員同士の繋がり、例年ではあまりない同好会でのシニアとの繋がりなど、個性的なメールマガジンを配信していきたいと思います。よって、タイトルは全会員にイメージしてもらいやすいように、2021年度スローガン「向き合う~今を生き、未来へ紡ぐ~」ということから、すべてと向き合うという意味で英語の「face everything」のタイトルを選定しました。
会員の皆様に楽しく、飽きることのないようなメールマガジンを作成していきますので一年間、どうぞよろしくお願い致します。
交流委員会
委員長 高田 剛
掲載原稿のお願い
本年度もメールマガジンを通じて、委員会間・会員間の活動の情報の共有としてご活用いただきたく存じます。
交流委員会では、本年度もタイムリーな情報発信に務めてまいります。
1年を通じての掲載依頼についてお願いをさせていただきます。
次回のメルマガ発行日は1月8日(金)です。
記事掲載をされたい場合は、1月4日(月)までに交流委員会の運営幹事 佐伯 健太朗 までTEL・SNS・メールなどを通して必ず連絡下さい。『今週のメルマガに掲載してほしい』と連絡をもらえば大丈夫です。
PCアドレス:ken.on.ollo2171@gmail.com(佐伯健太朗)
次回の原稿提出期限は1月6日(水)12時です。
下記交流委員会の代表メールアドレスにお送り下さい。
(提出期限後は、原則受付けないものとさせていただきますことを予めご了承下さい。)
また、このメルマガに関するご意見、ご感想、お問い合わせはお気軽に下記交流委員会の代表メールにお送り下さい。
PCアドレス:2021faceeverything@gmail.com
月曜日に声をかけていただくことが重要です。交流委員会としてもチェックや進捗確認が出来ますので、「掲載したかったのに出来なかった」という事が少なくなると思います。是非、気軽に一声掛けて下さい。宜しくお願い致します!
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